2024/2/19
ホッブスと功利主義
人権のルーツを辿るべく、社会契約論を学び直し始めました。社会契約論と言えば、ホッブス⇒ロック⇒ルソーと言われます。そこで、まずは、ホッブスのリヴァイアサンを読み始めました。リヴァイアサン(上) (ちくま学芸文庫)
上下巻のうち上巻の1/3まで読み進めて、ようやく社会契約の前提となる「自然状態」に関する記述が始まりました。有名な「万人の万人に対する闘争」に関する内容です。
これまでホッブスは、ルソーなどの性善説に対して、性悪説であると学んできました。つまり、ルソーは自然状態においても人はお互いに情けをかけ合いながら暮らしていたと考えました。これに対して、ホッブスは、人の本姓は利己主義であるから放っておけば戦争になる、つまり「万人の万人に対する闘争」が生じると主張しました。
私は、このルソーとホッブスの違いはどこにあるのか?という点に興味がありました。その問いをホッブスの側からみると、ホッブスの性悪説の根拠はどこにあるのか?というイシューに言い換えられます。
リヴァイアサンを上巻の40%位まで読み進めて、ホッブスの性悪説の根拠が功利主義にあると気づきました。リヴァイアサンでは、戦争状態にある自然状態で、人がどのような思考で行動するかが様々な場面を想定して描かれています。その思考の基本原理が功利主義になっているのです。つまり、たとえば、「相手に不意に攻撃されるのが怖いのであらかじめ和平の契約を結んでおこう」といった具合です。
私は、功利主義と言えば、ジェレミー・ベンサムが最初の提唱者と思い込んでいました。しかし、ベンサムは18世紀の人で、17世紀のホッブスとは100年ほどの開きがあります。文献など調査し切れていないのですが、おそらくベンサムはホッブスを参照しています。
功利主義と言えば、「最大多数の最大幸福」という言葉が有名です。これは、独裁者の恣意的な決定を許さないという点では民主的な思想です。しかし、最大多数からもれた少数者の人権を侵害する危険を伴った思想でもあります。
そもそもホッブス自身のこの功利主義の思想はどこから来ているのか?興味が湧くところです。リヴァイアサン、まずは最後まで読んでみようと思います。