2021/8/15
オリンピック選手に共感すべきか?
日本のコロナ感染が急速に広まっています。
オリンピック推進の理由として、選手の努力を無にしたくないというものがありました。
しかし、選手の努力の見せ場であるオリンピックは、日本人のそしてそこからつながる世界の人々のコロナ感染リスクの下に実施されたものです。
であるなら、選手は、自分の努力を犠牲にして、今回のオリンピック参加を拒否してもよかった。
それが無理なら、メダルの授与を拒否してもよかった。
それも無理なら、受け取ったメダルは、世界の人々のコロナリスクの下でのものだと真摯なコメントがあってもよかった。特に日本人選手は、コロナで練習不足を余儀なくされた他国選手との競争の結果得られたものであることへのコメントがあってもよかった。
それも無理なら、コロナ禍で国民の血税から得られた賞金に真摯な態度があってもよかった。焼肉に行ったとかで喜んでいるのではなく。
上記について、一人でも当てはまる選手がいたなら、少しは同情できました。しかし、今のところ、そのような例は私の知る限り全く聞きません。これは、選手の問題としてとらえるより、いわゆる「体育会系」の恐ろしさととらえるべきです。ここに、この問題の本質があります。