2012/5/30

「再帰性」について、考える

ここのところ、「再帰性」という概念と出会い、考えさせられるケースがいくつかありました。とりとめもない内容ですが、それらについて、書いてみます。

■宮台真司の社会学で「再帰性」の概念に出会った

数年前から学んでいる「おとなの社会科」 おとなの社会科 で最初に取り上げたテーマが、宮台真司著「日本の難点」でした。 日本の難点 その中で、1つの重要なキーワードが「再帰性」であり、私は、この「再帰性」という言葉に、「日本の難点」で初めて出会いました。

宮台は、日本の今の社会について、「郊外化」が極限化した世界と捉えています。現代では、あらゆる絶対的な価値観はあり得ないという事が証明されしまいました。そのため、人々は、ウェットな人間関係よりも、より個人主義的で便利な生活を追い求め、その結果、元々個性豊かだった日本の地方も、効率化によって、コンビニ等の画一化された社会となっていきました。そして、画一化された生活スタイルにおける空虚さを穴埋めを補う方法として、さらに効率化された生活を求めるため、さらに、さらに、コンビニ的な郊外化された生活が進んで行きます。

このように、郊外化が加速的に進んで行く状況について、宮台は「再帰的」に郊外化が進んでいると表現しています。

■「再帰性」の概念は、プログラミングにもあった

宮台真司の「日本の難点」は、非常に難解な本です。その中でも、「再帰性」という概念は、かなり理解が困難な言葉でした。今ひとつ「再帰性」の概念に取っ付きにくさを感じていた中、仕事でプログラミングを行っていた際、そこで、「再帰性」の概念に出会います。

出会ったのは、組織構造を持つ社員データベースです。企業組織は、上部構造から、会社→部→課→チーム→個人、といった構造を持ちます。そして、最後の「個人」レベルで、社員番号、氏名、電話番号、等の属性を持っています。

大多数の「個人」は、「チーム」のレベルにヒモづいています。しかし、人によっては、「会社」や「部」のレベルにヒモづきます。たとえば、社長や役員がヒモづくのは「会社」ですし、部長がヒモづくのは「部」です。また、組織によっては、「チーム」レベルまで降りて行かずに、「部」や「課」で終わっていたりします。

そうした組織において、個人データ収集プログラムを普通に組むと、なかなか厄介です。たとえば、「課」のレベルで繰り返し処理でデータを収集しても、そこには、「チーム」が出て来る他、「個人」が出てきたりするからです。場合によっては、「グループ」等、別の組織構造に出くわす事もあります。

そんなときに役立つのが「再帰」プログラムです。これは、プログラムが、自分自身を呼び出すプログラムです。具体的には、最初は、「会社」のレベルにおいて、「個人」データ以外のデータ(たとえば、「部」)に出会った場合は、もう一度、自分自身を呼び出すというプログラムです。そうすると、最後、「個人」データに行き着くまで、何度も自分自身を呼び出すという処理を繰り返すことになります。そのようにして、芋づる式に「個人」データを所得していくのです。

再帰プログラムは、このようにして、自分自身を呼び出すことによって、組織におけるあらゆる「個人」データを洗い出します。行き着く所まで突き詰めていく点において、宮台の社会学における郊外化の再帰性と共通点を持っています。

■指数計算にも、再帰性の概念が見られる

私は、高校の時に数学に挫折して以来、社会人になってから、何度となく数学の勉強に少しかじっては辞め、少しかじっては辞め、ということを繰り返してきました。高校数学でのつまづきの1つが「指数・対数」だったのですが(logとか!)、最近、その指数計算が、再帰性の概念と深く結び付いてる事を知り、興味を持てるようになりました。

指数計算は、自分自身を掛けていく計算方法です。したがって、「再帰」的な計算方法です。そして、ネズミ算等に見られるように、足し算と異なって、その計算結果は、加速度的に増加していきます。

面白いのは、人間は、計算自体は、足し算的な方が感覚に合っているのに、体感的には、再帰的な掛け算の方が感覚に合っている事が多い、ということです。たとえば、1キロの物を持っていて、1キロを足して2倍の2キロになれば重くなったと感じます。しかし、10キロの物を持っているときに、1キロを足してもさほど重くなったとは感じません。その場合には、たとえば、2倍の20キロの重さが、重いと感じるために必要になります。

そんな人間の感覚にマッチした数学上の手法が、実は、対数であるということを知りました。対数を用いることの大きな利点の1つが、掛け算の指数計算を足し算に出来てしまうということだったんですね!・・・みなさんには当たり前の事なのかも知れませんが、不惑を越えて、そんな事を初めて知るとは・・・^^

電卓やPCのなかった昔、まさに「天文学的」な数値を扱う天体観測を定量的に行うことができたのは、まさに、対数という数学技術があったおかげだったのでした・・・

さきほどのプログラミングにおける「再帰」が、細部の細部にまで降りて行く点で突き詰めていく手法だとすれば、指数計算における「再帰」は、無限に拡大していく意味で突き詰めていく手法なのでした。

■他の場面での「再帰」も考えてみる

思うに、「再帰」には、なにか「ハマっていく」感じがあります。それは、細かい所を突き詰めていく方向に行く事もありますし、果てしなく拡大していく方向に行く事もあります。

しかも、「再帰」には、何か、人間くさい物を感じます。何か、人間の感覚に合っている部分とか、どうしても突き進んで行ってしまう嗜癖的な部分とか。

たとえば、バブル経済とか、ギャンブルへののめり込みとかも、「再帰」に関連しているような気がします。あるいは、心理学の尺度にも関係がありそうです。ほかにも、貧富の差の程度を示すジニ係数が対数尺度になっているのも、その辺りの感覚値が関連していそうです。

「再帰」を探っていくと、まだまだ、面白い発見がありそうです。