2012/2/18

生活を賭ける仕事

今週のNHKアニメ・バクマン「大好きと否定」」は(以下、ネタばれ注意!)、よりレベルの高い作品を目指すマンガ家(主人公)が、リスクを取って勝負に出る話でした。少年漫画誌「ジャック」で低順位ながらコンスタントに続いている連載漫画に自ら終止符を打ち、まだ考えてもいない将来の新作品に夢を託したのです。新作品が読者に受けなければ、漫画家を継続できないリスクを冒しての決断です。作品を連載してくれている編集部に乗り込んで、自らの思いの丈をぶつけ、筋を通します。

感動しました。

しばらく、テレビの前から動けませんでした。

その後に考えたのが、果たして、自分自身が仕事にここまで生活を賭けているだろうか?という問いでした。残念ながら、答えは、「否」です。なぜなのか、その理由を考えてみました。

理由は、私の今の人事コンサルティングの仕事のアウトプットが、特定の人たちに重大な影響を与える点にあります。私1人が最善策と考えたとしても、それが、利害を受ける人たちにとって必ずしも最善となるとは限りません。そのため、自分の考えを貫くというよりも、調整をしながら結論を導くということになります。

しかしながら、それはそうなのですが、単に「調整」があるからといって、バクマンの主人公との違いを並べ立てるのは、「逃げ」です。プロである以上、最終のアウトプットが最善と自信を持って言い放てるものでなくてはなりません。調整を進めていくことを前提としながらも、自分自身が関わっていける意思決定プロセスはどこか。

それは、 ・最初の提案 ・調整プロセスのファシリテーション の2点です。

「最初の提案」部分は、ロジックの組み立てや、情報の収集・加工、アウトプットの見栄え等のスキル等については、それなりの水準に達している自負はあります。足りないのは、究極的な「what ?」の部分です。斬新でありながら、聞く人に圧倒的な納得感を持って受け入れられる「what」です。

これは、大きな時間軸・世界観を元に、自らの哲学として語られるものです。

「調整プロセスのファシリテーション」は、フレームワークやKJ法を利用して意見を取りまとめていくスキルは持っています。しかし、これらのツールは、使いようによっては、単なる総花的な意見の寄せ集めになってしまいます。

納得感のあるファシリテーションにするには、納得感のあるゴールイメージの設定と、「思い」の入ったツールの使いこなしが必要です。(参考)おとなの社会科

そして、自らの哲学を紡ぎ、納得感のあるファシリテーションを可能にする手段が、「適切なイシューの設定」です。哲学とは、「イシュー=問い」の連続に他なりません。また、「適切なイシュー」があってこそ、ファシリテーションに「思い」が入り、ファシリテーションに「生」が芽生えます。

結局のところ、私が今年の目標として掲げた「イシュー設定力の強化」に行き着きます。

バクマンに負けず、生活に賭ける仕事を行えるようになるスキルを身に付けるためにも、「イシュー設定力の強化」、引き続き、頑張ります。