2010/9/25
衝撃の事実:原爆投下の動機
先日のNHKのBS特集「原爆投下を阻止せよ~“ウォール街”エリートたちの暗躍~」を観て愕然としました。 http://pid.nhk.or.jp/pid04/ProgramIntro/Show.do?pkey=001-20100920-11-13204
これまで、私は、米国が原爆を投下した理由は、日本に早期降伏を迫るためと信じてきました。ところが、最近公表された米国の公文書から、実際には、ソ連に米国の力を見せつけるための手段だったと分かったと、この報道番組は伝えていました。そこには、多数の米国人・日本人の命を守ろうとする意図等、微塵もありませんでした。今回のブログでは、この報道に接しての感想を語ります。
■米国の原爆投下の動機
まずは、この報道番組で語られた、米国の原爆投下の動機について確認します。
私は、これまで、原爆投下は、原爆製造のマンハッタン計画以降、米国政府上層部においては、一致して支持されたものと考えていました。
しかし、実態としては、政府上層部において、賛否両論が拮抗していました。
反対派は、ジョセフ・クラーク・グルー(Joseph Clark Grew)を中心とするウォール街出身者たちです。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%BB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC 彼等は、日本の財閥に大きな投資をしていました。原爆投下によって日本が壊滅的な打撃を受け、投資が灰燼に帰すのを恐れていました。そこで、当時、日本が敗戦受入れの最大のネックとしていた「天皇制存続」を担保することを条件に日本の敗戦を促し、戦争の早期終結を目指そうとしていました。
これに対して、原爆投下を推し進めたのが、ジェームズ・F・バーンズ(James Francis Byrnes)です。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%BA%E3%83%BBF%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%BA 彼は、米国南部州サウスカロライナ州で生まれ、地元への事業誘致による雇用確保を機に頭角を現しました。米国中央政界入り後は、マンハッタン計画にも参加。膨れ上がる計画予算の中、何とか原爆を使って効果を示さなくてはならない状況に追い込まれていました。そのために、第二次大戦後の台頭が見込まれていたソ連への対抗措置として原爆の威力を見せつけるため、日本への原爆投下を推し進めていきます。
1945年、米国ではルーズベルト大統領が死去し、副大統領であったトルーマンが大統領に就任しました。そして、トルーマンの信任を得たのは、原爆投下推進派のバーンズでした。バーンズは、ポツダム宣言のに同席し、米国の宣言案分に盛り込まれていた「日本の敗戦は天皇制の維持を条件とする」という文言を消去してしまいました。それは、戦争の早期終結を回避し、原爆を利用するために取った行動でした。
・・・つまり、冒頭に述べたとおり、原爆投下は、戦争の早期終結が目的ではなく、ソ連への米国国力のアピールが目的だったのです。
■起こった悲劇は、そのまま悲劇として受け取ることが大切
私は、この報道番組を観て、私の中学生時代に起こった出来事を思い出しました。
当時、日本に原爆が投下されなかった事態を想定した小説を読みました。
終戦当時、米国は、九州および関東の2地点から日本に上陸して幸福を迫る作戦を計画していました。日本はそれに対して「1億玉砕」で立ち向かう準備をしていました。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%AB%E4%BD%9C%E6%88%A6 そのため、仮に、原爆が投下されず、この上陸作戦が実行されれば、数千万人の日本人および数十万人の連合国軍が犠牲になると想定されていました。
この小説は、この上陸作戦をシミュレーションしたものでした。そして、この小説のはしがきには、結果として、原爆が投下されたことは良かった、と記されていました。
私は、この小説の内容を当時、30代だった長崎出身の知人に語りました。そうしたら、その青年は激怒しました。過去を語るときは、「現に起きた悲劇」に目を向けなければならず、その悲劇を過小評価するような仮定の理由を持ち出すことはヒューマニズムに悖る、という主張でした。
以来、私は、原爆投下を過小評価するような言動は慎んできたのですが、その気持ちは、この報道番組を観て更に強まりました。
過去を語るとき、「もし~が無かったならば」という「if」を想定するのは、あくまでも1つの可能性について語っているに過ぎません。その「if」は、過去が歴史として検証されるようになったとき、いつでも覆る可能性のある可能性があるということです。今回この報道番組が提示した事実は、まさに、「もし原爆が無かったならば戦争終結は遅くなった」という「if」を覆すものでした。戦争終結を早めた可能性があったのは、原爆ではなく、天皇制存続という条件だったのです(実際、敗戦後、天皇制は存続されました)。
こうした「if」に対して、過去に起きてしまった悲劇・・・特に人命が関わるものは、他の何よりも重いです。まずは、「if」によってある立場を正当化するといった立場を離れ、人命を奪った悲劇に対して、それを生じさせたものを「悪」として捉え、きちんと向き合っていく姿勢が求められます。
■国際政治は無慈悲である
今回の報道番組では、原爆投下に反対していたグルーも、その動機は犠牲となる日本人に対する愛情ではないことが明示されていました。あくまで、彼の目的は、利益追求を最高目的とするウォール街を代表して、投資対象としての日本の価値低減を避ける点にあったのです。
ことほど左様に、国際政治においては、日本に対して良い結果をもたらす提言を行う勢力も、「日本人のため」にそれを行うケースは少ない、ということです。というのは、現在の国際政治においては、彼らの権力の基盤は日本にあるのではなく、あくまで彼らの出身国にあるからです。
このことの裏を返せば、国際政治においては、その政治プレーヤーの出身国の支持基盤の利益になる提言が日本の利益につながるような道筋を辿って行くのが重要、ということになってきます。