2009/3/25
グッド・フェローズを観た
パソコン無料動画テレビのGyaoで、10数年ぶりに、アメリカのギャング映画「グッド・フェローズ」を観ました。鑑賞して、人と人との間の信頼関係について考えさせられることがありましたので、今回は、そのことについて書きます。
なお、映画「グッド・フェローズ」は、公開当時の1990年にしてはかなり残虐な映像も含まれますので、血を見るのがお嫌いな方にはお勧めできません。もっとも、1998年の「プライベート・ライアン」や昨年の「ランボー4」等に比べれば、かなり控えめではありますが。
また、以下、ネタバレですので、映画の筋を楽しみたい方は、ご鑑賞後、ご高覧ください。
さて、「グッド・フェローズ」のあらすじですが、アメリカの実在のマフィア、ヘンリー・ヒルの目から見た実話を映画化したものです。ヘンリー・ヒルは、マフィア組織の幹部まで上り詰めた後、薬物関係で逮捕され、口封じのために仲間のマフィアから殺害されるのを恐れて、最後はすべての仲間を裏切って証言台に立ちました。彼は、現在も証人保護プログラムを受けて存命中です。 http://en.wikipedia.org/wiki/Henry_Hill_(mobster)
映画「グッド・フェローズ」は、マーティン・スコセッシ監督の下、ヘンリー・ヒル役のレイ・リオッタを名優ロバート・デ・ニーロとジョー・ペシが固める豪華キャストの映画です。マフィア映画の中では、「ゴッド・ファーザー」「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」等と並ぶ名作だと思います。洗練された映像と超ハイレベルの演技ゆえに、映画のレベルに気を取られることなく、映画の中身に感情移入していくことができます。
映画の1つのモチーフになっているのが、人と人との信頼関係です。題名「グッド・フェローズ(Good Fellas)」は、親しい間柄のマフィア同士のことを指す呼称です。日本語で言えば、「貴様と俺」という感じでしょうか。違法行為の危ない橋を一緒に渡って行く訳ですから、非常に強いお互いの絆が必要になります。マフィア同士は、仕事のみならず、私生活も含めてお互いに非常に強い結び付きを保ちながら生活していきます。
信頼関係の根本になるのが、「仲間を売らない」「人に喋らない」という鉄則です。この掟にしたがい、組織に貢献している限りは、鉄の結束を元にした恩恵に与れます。しかし、この掟に反したり、反しそうな疑いを持たれたときは、死をもって贖わなければなりません。たとえば、警察に捕まって、「こいつは喋りそうだ!」と疑われると、即座に殺されてしまうのです。
グッド・フェローズではありませんが、ゴッド・ファーザーにこんな場面がありました。拘置所に入ったマフィアに別のマフィアが面会に来ます。そして、「お前の家族の面倒はよく見ているよ」と告げたのです。それは、組織のことを喋ってしまう恐れを組織が抱いており、家族に危害を加える用意があることを告げた脅迫でした。拘置所のマフィアは、その直後、所内で自殺してしまいます。
ここで、マフィアはなぜ一般市民と違って、常に自分の「生命」を質に入れながら活動しているのか考えてみました。一般市民は、報酬減額や解雇はあっても、命までは獲られませんので・・・
理由は2つあると思います。
1つは、仕事に失敗したり裏切ったりした場合に仲間に及ぼす影響の程度が大きいことです。マフィアの場合、仲間の失敗や裏切りは、即座に自分の投獄や死につながります。一般市民のようにせいぜい周囲に金銭的なダメージしか与えないのとは訳が違います。その影響の大きさが、「生命」を質に入れざるを得ないことにつながっています。
もう1つは、元々、仕事自体が法の範疇外の違法行為であることです。すでに仕事を遂行した時点で合法の壁を打ち破っているので、本来違法である殺人行為についてもハードルが低くなっていることが考えられます。法秩序の中で業務を遂行している一般市民は、殺害の対象とされるには高いハードルがあります。
結局、高いリスクを背負わざるを得ない事柄については、高い「質」を入れなければいけない、ということに一般論としては落ち着きそうです。
しかし、です。人間の信頼関係のあり方を考えるときに、投資のリスクとリターンのように算式のように考えて、「リスクが高ければ代償が高い」だけとは単純に言い切れないと思うのです。一方では、そうした合理的な関係がありつつも、他方では、合理性だけでは説明のつかない感情の発露があります。
映画「グッド・フェローズ」でも、そんな場面がありました。デ・ニーロが演じたマフィアは徹底的に冷酷で打算的です。しかし、同僚の出世が決まりかけたとき、我が事のように喜んで、出世のその当日の朝、同僚に4回も電話をかけます。もちろん、同僚の出世は自分の権限拡大につながるという打算もありますが、それだけではなく、情の厚さから来る同僚への愛情が、デ・ニーロの演技からにじみ出ていました。
「Good Fellows」は、気の置けない仲間といった意味合いですが、それを「Good Fellas」ともっと親しみを込めてなまった題名としており、打算をベースとしつつも、それだけでは割り切れない人間臭い信頼関係を久々に観たこの映画から感じ取りました。