2008/4/20
必死の想い
今日、大学時代の友人の結婚式・披露宴に行ってきました。宴、最後の親族代表として、友人のお父様がスピーチをなさいました。そのとき、お父様に友人に対する「必死の想い」を感じましたので、ここで紹介します。
友人は、在学中から司法試験を目指して勉強に励んでいました。残念ながら、在学中は合格できなかったため、まずは国家一種受験に目標を切り替え、これに合格して県庁勤めを始めました。その後、県庁勤務を継続する傍ら、司法試験の勉強も続け、数年で見事試験を突破し、弁護士となりました。元々、温厚な性格であった上に、勤勉な性格であることが実を結び、今では20名弱の弁護士事務所のパートナーとして活躍しています。
ただ、なぜか、結婚には中々縁がなく、年に数回は顔を合わせる大学時代の友人の中で、一人、また一人、と縁組する中で、彼には中々縁がめぐってこなかったのです。私は、司法試験を途中で諦めたのですが、自暴自棄になっていた時期などに、何度も彼に心の底から励まされてきました。そんな経緯もあり、彼から、数ヶ月前に結婚式の知らせを弾んだ声で聞いたときは、本当に嬉しかったのです。
披露宴会場には、定刻より30分前くらいに着きました。まだ人影まばらな控え室で待っていると、友人のお父様・お母様とおぼしき方がいらっしゃいました。ただ、もう前回お会いしたのは20年前の学生時代のことであり、その当時のご様子とは少し変わっておられます。間違うと失礼に当たると考えて、お声掛けするのは控えました。
式が始まると、今まで見たこともない緊張した面持ちが友人の表情にはありました。しかし、お酒が進むにつれ、友人の表情も緩んできました。友人の招待した大学時代の友人との間の話も弾み、豪華な食事に舌鼓を打っている間に、あっという間に宴たけなわに進みます。
新郎・新婦から両ご両親に向けた花束の贈呈です。両ご両親が、胸の奥から突き上げてくる熱いものをこらえておられる様子が伝わってきます。そして、友人のお父様の親族代表スピーチへとつながりました。やはり、式開始前の控え室でお目にかかった方がお父様でした。学生時代は、メーカーでバリバリ働く現役の営業マンでいらっしゃいました。今は、髪にも、かなり白いものが混じっておられます。
まずは、今日、式に駆けつけた人たちへの感謝のお言葉がありました。メモを片手にお持ちになりながら、訥々と、しかし、一言一言力強くお話になります。感謝のお言葉の後、「本日何よりも嬉しいのは・・・」と続きます。
「息子の○○が、こんなに可愛らしい△△さんを連れてきてくれたことです」
私は、はからずも、ここで感極まって涙を流しました。どうして、ここで涙を流したのか・・・帰る道すがら考えてみました。どうやら、理由は2つあるようです。
1つは、友人の大学時代以降のことは知っており、もちろん友人自身も苦労しながら道を歩んできたのですが、それを陰から応援してきたお父様の想い、というところを想像しやすかったのだろう、ということがあります。お父様の、友人と新婦とのこれからのよい結びつきを切に願うお気持ちが、「こんなに可愛らしい」と言う表現につながったことが良く伝わってきました。
2つ目は、私自身、1歳6カ月の娘を持つようになったことです。実際に子供を持つようになるまで、子育てがこれほど大変なものだとは想像もつきませんでしたし、これだけ子供に愛情を注げる存在が親であることにも全く思い至りませんでした。親の立場に立つ状況なってはじめて、大先輩ではありますが、友人のお父様の心情に共感を示せるようになったのだと思います。
結局、お父様のこれまでに至る経緯を知っていたのと、自分が親の立場に立つようになったという2つの事情で、お父様の「必死の想い」に共感できるようになった、ということです。思えば、物事を考えるに当たり、事情の詳細を知り、同じ立場に立ったことがある、という状況は限られています。それにもかかわらず、様々な物事について、判断を加えているわけです。そこに限界があることを十分に承知しながら物事にあたっていく必要があること、改めて心に刻み込まれました。