2008/4/9
天守閣の位置@2
先月、広島城に行った後に書いた「天守閣の位置」続編です。
http://imurayama.tea-nifty.com/test/2008/03/post_7bb3.html
広島城の天守閣の位置が、城郭の隅にあったことに疑問を持ったのでした。それまで、天守閣は、城郭の真ん中にあるものだとの観念があったためです。
実は、広島城のように、城郭の隅に天守閣を持つ構造を「梯郭式」と呼び、そうした構造は珍しいものではないことを知りました(弘前城、岡山城、名古屋城、等)。どのような構造を持つ城郭にするかは、地形や用途に応じて決められたとのことです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%B2%E8%BC%AA
広島城は戦国末期に建てられたもので、戦闘用ではなく、主に「倉庫」として使われたのでした。
とすると、堀に船を横付けにして荷を運び込むのに、隅に建てられていた方が便利だったのでしょうか? あるいは、倉庫とは言え、周囲から見た広島城の姿、広島城からの眺望が、隅にあった方が素晴らしかったのでしょうか? そもそも、そういう城郭設計をするのは、初代城主、毛利輝元の意向に沿ったものだったのでしょうか? それとも、設計奉行みたいな人がいて、その人の意向が反映されたものなのでしょうか?
・・・考え始めると興味が尽きません。実際の所、誰が設計したのか?などと思いをめぐらせていると、藤沢周平のような小説が書けるかも!などと想像すると、楽しくなってきます。
広島城建立の経緯など、もしかしたら、古文書等に残されているのかも知れません。そんなロマンにいつか会えるかも!と1つ楽しみが増えました。